秀808の平凡日誌

第参拾六話 報復

「黒龍が…討たれた…!?」

 名も無い崩れた塔に戻ったネビスは、祖龍が告げた言葉に唖然とした。

「ウム…先程、黒龍ノ心臓ノ動キガ停止シタノガ私ニハ感ジ取レル…」

「そんな…」

 ネビスが頭を地面に俯かせ、瞳から涙を零しながらうめいた。

 今まで半身のように行動を共にし、戦ってきた黒龍。

 その彼が、もうこの世にはいないのだ。

「奴等に多大な犠牲は与えられたでしょうけれど…スウォームが抜けたことによるこちらの戦力の穴をうめるのは簡単ではないですしね…」

 表情一つ変えずに言う紅龍に、睨み付けるような視線を向けてネビスは言った。

「……もしや紅龍様…あの時撤退命令を出した理由は…」

 だが、その先の言葉は紅龍の一言で遮られてしまう。

「黒龍を殺すため、とでもいいたいのかね?ネビス?」

「…いえ、そういうわけではありませんが…」

 確かに、紅龍には黒龍を殺す理由など全く無い。血肉を分けた兄弟を、なぜ怨みもなく殺す必要があるのか。

「ネビス、それ以上は言わない方がいい。紅龍様だって、ちゃんとした考えがあってのことだろう。」

 その話にクロードが割り込み、ネビスに反論する。

「その通りです、クロード様。あれ以上戦いを続けていたら、思わぬ反撃にあっていたかもしてません。」

 よき味方を得たとばかりに紅龍も言い放った。

「…失礼しました。クロード様、紅龍様。」

 しぶしぶ引き下がったネビスを軽く軽蔑した紅龍は、祖龍に向き直りこれからの事を話した。

「………さて、ルーツ様。これからのことについてですが、私に考えがあります。」

「ホウ…ドノヨウナ考エガアルノダ?」

 祖龍が興味有り気に聞いたのを確認すると、紅龍は言葉を続ける。

「最初の頃、スウォームが襲撃した人間達の街…ビガプールといいましたか?あそこを見せしめに滅ぼしてやればいいのです。」

「フゥム…位置的ニモ確カニイイガ…」

 確かに新興王国ビガプールは、古都ブルンネンシュティグとほぼ同じ規模の街だが軍備はそれほどでもなく、見せしめに滅ぼすには位置的にも最適といえる。

 だが、今回古都ブルンネンシュティグにあそこまでの存在を与えたのは黒龍の力もあってこそである。彼を欠いた今、はたして古都に与えた以上の損害を与えることはできるのだろうか?

「戦力の方ならご安心を…スウォームと同じ、いや、それ以上の戦力のアテがあります。」

「ホウ…ソレハ楽シミダナ」

「そのためにはセルフォルスと…ネビスに協力してもらう必要がありますが…」

 突然自分の名前を呼ばれ、戸惑いを隠せないネビス。

「私…ですか…?」

「そう…黒龍の弔いのためにも、協力してくれるな?ネビス…?」

 ネビスは考え込むように目をつぶったあと、声を搾り出すように返答をした。

「…はい……」

 その返事を聞いた紅龍は『デフヒルズ 小さな洞窟』に繋がるポータルを開き、中へと消えていった。






 デフヒルズ 小さな洞窟の中央に、不吉に黒光りする装甲を持つ、巨大で、異様な兵器が納められていた。

 このバケモノの名前は『GENOCIDE』―――全高15メートルをゆうに越える巨体を持つ。

 カブトガニを思わせる円盤型の本体下部には、鳥のように折れ曲がった二本の脚部が伸びている。

 その周りで、紅龍に働かされている魔法師やガーゴイル達がミニチュアのように見える。

 あまりの大きさに絶句するネビスに、紅龍が耳元でささやく。

「これに乗って襲撃してもらうことになる…できるな?ネビス?」

 こちらを哀れむような口調と言葉に嫌悪を感じながら、ネビスは反論した。

「…言われずとも、こんなものいとも簡単に扱ってみせます!」

 そう言い捨てると、ネビスは開いているコックピットに飛び乗り、ハッチを閉じた。

 ネビスを飲み込み、バケモノが目を覚ます。

 エンジンが低い唸り声を上げ、巨大な機体をふわりと浮かび上がらせた。

 枷にも似た点検用のケーブルが次々と外されてその巨体を開放する。

 岩塊に偽装された頭上のゲートがゆっくりと開き、月明かりがその巨体を照らした。

 ゲートが開いたのを確認した紅龍が、近くのセルフォルスに告げる。

「…行くぞ、セルフォルス」

「はっ!紅龍様!」

 紅龍は翼を広げて飛び立つと『GENOCIDE』の左側に付き、セルフォルスはその跳躍力で『GENOCIDE』の右肩に飛び乗った。

 その向かう先には、新興王国ビガプールが見えている。


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